2005年01月  阪神・淡路大震災から10年-給油所業界の挑戦は続く



 阪神・淡路大震災から10年-給油所業界の挑戦は続く
 
    1995年1月17日、阪神・淡路大震災が起きてから10年が経過した。6,000人を超える死者と25万棟に及ぶ家屋損壊という大きな被害をもたらした惨劇から10年を経て、被災地は今、かつての輝きを取り戻しつつあるが、一方でこの10年、給油所には多くの困難も押し寄せてきた。
 被災給油所579ヵ所。うち「建物全壊=0」、「地下タンク破損=0」、「火災=0」(兵庫県石油組合調べ)とマグニチュード7.2の激震に耐え、災害に強い給油所の姿を証明した。給油所だけを残しながら周囲が焼け野原となった光景や、余震におびえる市民のためにフィールドを開放する給油所、寒さに震える市民が暖をとるため、あるいは車両の燃料を供給し続けた給油所の姿は今も記憶に残る。
 給油所関係者は、「とにかく水の確保に懸命だった。水がなかなか確保できず苦労した」(西宮市内昭和シェル系業者)と当時を振り返る。震災の経験を活かす活動もこれまで積極的に行われ、兵庫県石油組合では500人を超える給油所従業員が、救急救命に必要な普通救命講習を受講したほか、同県石油組合第2協議会を中心に「給油所防災リーダー研修」が続けられている。
 しかし、震災から10年が経過する中で、多くの石油販売業者が“復興”と“規制緩和の波”の大きさに苦しんだのも事実。神戸市を中心に街の様相は様変わりし、需要動向にも微妙な変化がもたらされた。かつて震災直後の火災で、一面が焼け野原と化した長田区では、火災に耐え抜いた多くの給油所が今では姿を消している。
 県内に当時1,700ヵ所あった給油所は、現在1,300ヵ所にまで減少。震災直後にいち早く復旧し、燃料を求める市民であふれた給油所は今では訪れることが難しくなっている。
 震災から10年。実は多くの石油販売業者があまり当時に触れようとはしない。日々を生き抜く努力で10年が過ぎたという気持ちが根底にあり、今も復興と生き残りを賭けた戦いが続いているからだ。(写真は震災直後も営業を続けた神戸市須磨区の給油所(左)と同じ給油所の現在の姿(右)。=写真提供・兵庫県石油組合)



震災当時


現在